古仏・飯田欓隠老師の古道場・大阪高槻の少林窟道場にて、井上貫道老師の坐禅会開催

(2018年9月記)
2014年10月に、井上貫道老師の坐禅会が大阪高槻の少林窟道場にて、開催されました。
参加者は、総勢37名 内訳は、男性24名、女性13名でした。


飯田欓隠(いいだとういん)老師とは、井上義衍老師 (貫道老師の師匠) が修行を完成するために参禅された方です。

高槻の少林窟道場は、飯田欓隠老師の参禅のために昭和6年に作られた道場。



飯田欓隠(とういん)老師は近代の禅の巨匠 元東大附属病院の医師

飯田欓隠老師は、東京大学医学部を2番で卒業、東大医学部附属病院勤務中にコレラで次々と人が亡くなるのに無常を感じ、坐禅を開始。

広島の大本山・佛通寺の専門僧堂の接心に始まり、当時、臨済宗でもっとも活躍されていた南天棒老師(中原鄧州とうじゅう)に医院を移しながら参禅。
同時に曹洞宗の祇管打坐も学ぶ。

また時々岐阜県などで独摂心をしていたが、印可を受ける直前に、印可証明をやるというその師匠に疑問を感じて、南天棒の下を離れた
そしえ、40代のある日、岐阜・多治見のお寺・虎渓山(こけいざん)永保寺の独摂心にて大悟


そのあと、雀が道を歩いているのを見ていて真に決着(身心脱落)されている。

居士 (こじ)=在家の仏弟子 でありながら、師家をつとめ、元々の人脈もあって、東京では皇族の参禅者もあり、ある時は、500名が提唱を聴いたと言われている。 各界の名士、企業家、教育者などの参禅者も多かった。

その後、60歳で、曹洞宗小浜の發心寺にて得度して僧侶となる。


井上義衍老師と飯田欓隠老師

飯田欓隠老師の提唱の前座を務めて法話をされていた若き井上義衍老師が、飯田欓隠老師の存在を知られました。

当時、新盛座の観劇の最中に大悟はされたが、まだ最終決着とはなっていなかった井上義衍老師が、老師の自在さに、本物を感じ、それから、浜松の龍泉寺の住職を務めならが、高槻の少林窟道場に通参されました。


現在少林窟道場は、隣接する飯田トウ隠老師の子孫によって管理されています。

そこで、生活をしている方はいらっしゃらないので、
許可を得れば自由に禅堂で坐禅することができます。


少林窟道場(大阪高槻)で井上貫道老師の大阪坐禅会

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